中国民事訴訟法第231条

【日本語訳】
中国民事訴訟法231条
被執行人が法律文書に定めた義務を履行しない場合、人民法院は出国制限をし、或いは関係部門に通達をして出国制限を協力要請をすることができる。
―司法解釈規定
出国制限される者の具体的範囲としては、被執行人が法人或いはその他の組織であった場合、法定代表人、主要な責任者のみならず、財務担当者等債務の履行も直接責任を負う者も含む。

 

私たちが日常で交わす「発展途上国にはリスクを伴う」と云う言葉の中に、無意識に包含している最低限守られるであろう文明国の法規範、慣習、条理の存在に思考を巡らせる人は少ない。

又、現実に「リスク」の概念に想定し得なかった惨事に直面した場合に初めて、その齟齬の重大さに気がつく。皮肉なものである。

私が不本意にもその想像を絶するリスクの齟齬を改めて再認識させられたのが、2009年9月18日。丁度「台湾記」を書き終えて間もないころだった。

事の発端は平成7年。中国人総経理李(仮名)の恣意的な背任行為により、董事長たる父の許諾無しに倒産寸前の韓国企業の保証契約を締結させられた。その結果、我々の合弁会社の建物に抵当権が設定され、民事訴訟で銀行に敗訴した我々の建物は競売に掛けられたものの、それでも充当できない債務が約4500万円ほど残った。2008年の4月のことである。

そして、銀行が次に行った措置が中国民事訴訟法第231条を根拠とする、現地駐在の日本人;廣瀬孝史に対する出国停止処分申請であった。

その発動たるや、僅か申請から5日という驚異的なスピードで青島中級人民法院は、これを認可し(8月27日)、9月18日青島空港から日本へ帰国しようとした孝史氏の出国を当局が拒否し、これを妨害したのである。彼にとってみれば、恐怖の不当強制残留生活の始まりであった。

彼は合弁会社設立当時、形式上の役員という意味で董事の役職に名前を連ねていた。但し、1988年当時から1度たりとも、合弁会社から給与を貰ったことは無く、対外的な契約締結権、工員の雇用、解雇権も無く、財産の処分権限も全く無かった。ましてや、中国人李総経理(仮名)の背任行為により不当に負わされた保証債務を原債務として個人的に保証契約を銀行と締結したわけでもない。

全く形式的な役職として名前を貸していただけの廣瀬孝史氏は、何故、世界人権宣言で保障され、世界的に普遍的な自由権である出国の自由、居住移転の自由が中国共産党政府により容易に侵害されなければならなかったのであろうか。

それは、「民事不介入」の日本の警察権力とは正反対の「民事介入」を立法趣旨とする中国民事訴訟法第231条の存在が何よりも大きい。

又、同条の出国制限の対象者であるの中国当局による司法解釈からすれば、彼はその「法定代表人」、「主たる責任者」「財務担当者」のうち、孝史氏は「主たる責任者」に該当するという理由による。本来ならば、国家が国民、外国人の自由権を侵害する可能性を有する法を適用する場合には、要件の充足性を検証する際に、当該文言を制限的、実質的に且つ、厳格に慎重を期して解釈せねばならないのが世界の法治国家に於ける常識である。

にも拘らず、人民法院は銀行からの理不尽な231条の発動申請を受け当該文言の恣意的な拡大解釈を行い、5日後に出国停止という性急な権力の発動を行ったのである。

その後、孝史氏からこの不当な冤罪に対して処分の解除を内容とする異議申し立てと、顧問弁護士からの抗議活動、日本外務省からの事実調査が受け容れられ、処分が解除されるに至ったのは処分発動後、150日を過ぎての事であった。

私自身、社長である兄を伴って、自民党、民主党の数名の有力代議士事務所を訪れ、重大なる人権侵害である当該処分の不当性を訴え、更には大学時代の友人である秋葉賢也議員の事務所に外務省の担当員を呼んで貰い、早期出国の実現を為すべく協力を要請した。

又、現地に不当に残留させられている孝史氏には、頻繁に国際電話を掛け、激励し続けた。そして、このような中国共産党政府の蛮行は、必ずや法治主義を標榜する世界中の国家から非難され、解放されるから心配は無用であると話し、日本酒を送り、励ました。

中国当局は、電話の盗聴により我々の動向を警戒したのか、EMSで送った商品を故意に開封し、酒や食料品を徹底的に調査した。その結果、彼の手元にボロボロの商品が届いたのは約1ヶ月後のことだった。

彼も、不当残留生活を3ヶ月を過ぎた頃には精神的にやや不安定になり、正月に彼の娘と孫の住む横浜へ行く予定であったが、それが実現できなくなることが判明すると、電話の声も一層、小さくなっていった。

明けて2010年の1月には、私も最早、実力行使で国境を突破する方法以外に世界の世論に、北朝鮮の拉致行為にも類似するこの中国の強制残留措置の不当性を訴える手段は無いと云う考えが脳裏によぎり始めた。丁度その頃、青島中級人民法院から通達があったとの電話をうけた。

信じられないことに、8月25日に下した人民法院の出国停止処分は誤りであると認め、1月26日に解除をするという内容のものであった。その後、この通達が入国管理局につたわり、正式に彼が出国できたのは2月10日である。

約150日に亘る中国共産党政府による不当な出国停止処分の実録である。

私はここで、この暴挙を体験し、日本と台湾の中小企業が共有する中国投資の危険性について改めて確認をしたい。とりわけ、中国民事訴訟法231条の濫用により、日本、台湾への帰国が妨害されている人々の救済を求める観点から、当該法律の不当性を検証してみたい。

尚、賄賂の贈与や中国人との人間関係の構築によれば、このような問題は無いと面白い解決策を提案する説もあるが、飽くまで、それは一時的な弥縫策に過ぎず、20年ほど前に華僑系のビジネス論としてもてはやされた珍説奇説の範疇を超えない。寧ろその方策に妥当性があるのであれば世界の動向が人治主義へ後退しているのか或いは、法治主義へ進歩しているのか熟考して戴きたい。

そもそも、世界の近代私法の歩みとして、国家と個人の間を規律する公法の発展に伴い、個人と個人の間を規律する私法が確立されてきた。自由と平等を普く国民が享受しうることを宣言した市民革命の所産である。封建的土地所有制度や身分的階層秩序を否定した政治制度が必然的に招いた自由にして平等な個人的生活関係が形成されたのである。

その為、「所有権絶対の原則」「私的自治の原則」が基礎となり、封建的身分制度からの解放の意味を含め、「権利能力平等の原則」が誕生した。

ここでは、「社会主義を基礎とする改革開放」「外資企業の投資奨励」を提唱している共産党の経済政策と「私的自治の原則」が如何なる整合性を有しているかが問題となる。

私的自治の原則とは私法的法律関係に関しては、個人がその自由意思により自律的に法律関係を形成することができるという原則である。又同時に、反面に於いて、全ての個人は自由な意思によらないで、権利を取得し、義務負わされる事は無いという原則を含むのである。

尤も、資本主義の高度な発展は、20世紀初頭に階級的対立と経済の無計画による混乱を現出し、それを救済する目的で、戦後、社会法(労働法)や経済法(借地法、借家法、独占禁止法)が整備されるに至った。

但し、忘れてならないのは、飽くまで社会法、経済法の整備にみられる民法の社会化は「個人の尊厳(民法1条の2)」に立脚したものであり、この目的に資する範囲で妥当なものと解釈されるのである。

さてここで、中国が近代立憲政治を経ずに 、政治体制として「個人の尊厳」よりも「共産党」を中核とし、この実現のために制定された民事訴訟法であるが、彼らは、労働者や貧困層救済のために「私的自治の原則」を大幅に制限した趣旨として、231条を正当化するかもしれない。即ちゆき過ぎた資本主義の弊害を修正し、個人的法益を侵害しても(強制的に国内に残留させ、以って債務の弁済を強要しても)その国家権力の発動は是認されるべきであると。

しかしながら、本件の原告たるや経済的弱者、労働者にあらずして、国家権力と同等の資本力と社会的拘束力を具備した銀行であり、被告は一個人である。

外国の中小企業の形式的幹部であり、それも現地法人からは無報酬、無権限に等しい状態にある者である。

従って、実体としては231条の適用が飽くまで当局者に恣意的に用いられ、民法の社会化を志向する基本原理の具現化とは凡そ方向性を異にしている。

強大な独裁国家の経済権力者が、容易に個人の行動の自由を制限する暴挙を司法機関が最終的にこれを保全し、近代私法の大原則「私的自治の原則」を根源から否定する民事訴訟法231条の不当性はこれに留まらない。

それは、中国が自ら批准、加入している「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(A規約)に反する天下の悪法であると言えるのである。(2001年3月27日)

なぜなら、第1部第1条には、「すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基つき、すべての人民はその政治的地位を自由に決定し、並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する。」とある。又、第5条も「この規約のいかなる規定も、国、集団、または個人がこの規定において認められる権利、若しくはこの規定に定める制限の範囲を超えて制限することを目的とする活動に従事し、またはそのようなことを目的とする行為を行う権利を有することを意味するものと解することはできない。」とある。

但し、第4条に例外規定として、「民主的社会に於ける一般的福祉を増進することを目的としている場合に限り法律で定める制限のみをその権利に課すことができることを認める。」とある。

だが、本件のように背任罪が成立する経済犯罪を契機として発生した保証債務の弁済を強要する231条により保護される権益に「民主的社会における一般的福祉の増進」という文言との合目的性、適合性は全く存在しない。「共産党専制社会における特殊利益権者の私益の増進」のみが守護されているのが実状であろう。

このように、近代私法の大原則「私的自治の原則」を否定し、中国自らが批准、加入している国際人権規約に著しく反する中華人民共和国民事訴訟法第231条が存在する限り、中国への投資は危険極まりないものであり、最早、インド、ベトナムその他の東南アジア諸国へ投資を分散することが安定した経済成長への近道であろう。

「猫糞を決め込む」をいう言葉がある。猫が排便をしたのち砂をかけて隠すことから悪事を隠して知らぬ顔をする意味である。知的財産権の強奪を目的とする

ソースコードの強制開示制度とこの天下の悪法「中国民事訴訟法第231条」の廃止を主張せずして「東アジア共同体」「両岸経済協力枠組協定」の構築、締結を求める者は「猫糞を決め込む輩」との謗りを免れないであろう。

そのような思考の皆様がジェトロ、経済産業省、外務省の中国投資セミナー企画者の中に1人たりとも居ないことを祈りたいものだが、現実はその逆のようである。

良識ある行政官であれば、国民に対して投資対象国が有する正と負の側面を誠実且つ公平に告知する責務を基礎に行動するはずだ。

冷静な比較衡量に不可欠な情報の提示もせず、未だ中国に居る231条の犠牲者たる多くの強制残留者の解放へ向けた抗議活動もしない役人たちに就いては我々国民が自ら告発すべき時代が来ているようだ。

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